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貴方だけに溺れたい
第9章 喜びと切なさと、後ろめたさ
『ヨネクラ薔薇園』は古い家が建ち並ぶ住宅街の一角にあった。
外側から見た限りでは、敷地は広いものの、周りの家と同様にブロックとフェンスの壁に囲まれていて、内側からは緑の葉をつけた針葉樹が所々で顔を覗かせている。
1つの違いがあるとすれば、塀の向こう側には大きな温室があり、ガラスの屋根が空に向かって開いている事くらいだ。
「普通の家みたいですね……」
フロントガラスの先の景色を伺いながらそう呟くと、森川からは「想像と違った?」と尋ねる笑い声。
違うも何も……全然違う。
此処にたどり着くまでの間に描いていた"薔薇園"が、どれほどメルヘンチックなものだったかを思うと、それを話してしまった事すら恥ずかしい。
何しろ薔薇の生垣に囲まれた薔薇尽くしの敷地に、門は薔薇のアーチ。
途中、森川に「今は薔薇の季節じゃ無いよ」と言われても、華やかな想像の訂正は難しかった。
「内側は予想に近いかもしれないね。違った意味で」
「違った意味でというと?」
「まあ、そこは楽しみに」
「……」
いや、楽しみに出来る余裕なんて無いですよ?
返事の変わりに訝しげな表情を浮かべた葵を横目に笑い、森川は薔薇園の隣の空き地へと車を停めた。
どうやらそこは薔薇園の関係者専用の駐車場になっているらしく、他にも軽トラと2台の乗用車、隅の方にはパステルカラーのママチャリが3台置かれている。
園内にはどれくらいの人がいるのか、葵は先に車を降りた森川を横目に追いつつ、シートベルトを外しながら小さく息を吐いた。
一方で森川は、葵の緊張を察しているようでいて、愉しんでいるようにも見える。
サングラスを外しながら車の前を横切り、葵が降りるよりも先に助手席の前に来ていた。
そしてドアを開けると、眩しそうに目を細めながら「どうぞ」と、葵が無事に車から降りるのを見届けた。
ちなみに今日の森川は常に、葵の乗降を監視している。
本人曰く『チャンスを狙っている』と嘯いているが、実際のところは踵の高いミュールとロングスカートの組み合わせを危惧しているようだ。