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貴方だけに溺れたい
第3章 屈辱と悪夢
「いッツ!」
パンッと走り抜けた強い衝撃と驚きに、喉の奥から呻き声が漏れた。
勢いによって前のめりに押し出され、危うく転びそうになる。
痛みを感じたのはその後だ。
葵は急激に沸き上がる怒りと勢いのまま、叩いた男を睨み付けた。
角の席を陣取り、早くも酔っ払って馬鹿笑いをしている4人組のひとり。以前は葵の胸を後ろから鷲掴みした男だった。
しかし男は悪びれる様子も無く、寧ろ怒りを露にした葵の反応を面白がるように笑うだけだ。
「お前ら、いい加減にしろよ!」
反対側からそう戒めてくれたのは健一郎だったが、智之の声は聞こえない。
しかしそれはいつもの事だから、気にする事も無くなっていたが……。
それよりも、森川がこの状況を見て何を思ったか、そればかりが気になり始める。
見られたく無かった。
こんな環境で生きる、こんな惨めな自分は絶対に知られたく無かったのに……。
怒りを圧して現れたのは、虚しさと恥ずかしさだった。
もう嫌だ、こんな場所にはいたくも無い……。
健一郎の注意が利いたのか、珍しく静かになった男達を尻目に、葵は直ぐにその場を離れ、智之と森川の居る側へと急いだ。
そして顔を上げずに端へと座り、尚且つ森川に背を向けたのは、今の顔を見られたく無かったからだ。
怒りの為か恥ずかしさの為なのか、顔が異常なほど熱い。
そんな自分がどんな顔をしてるかなんて、充分に分かってる。
「ま……まぁまぁ森川さん、どうぞ座って下さいよ」
葵が着き、急いでビールのパッケージを開き始めるまで、森川はその場で立っていたようだった。
苦笑交じりの智之の声で腰を下ろす、その気配だけが感じられた。
しかし、いつもと同じざわめきや話し声はあるものの、この場だけがやけに静かに感じるのは、あの連中の馬鹿騒ぎが聞こえなくなったせいだろうか。