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貴方だけに溺れたい
第3章 屈辱と悪夢
プシュ……
「あ、ビールでいいですか?」
智之が尋ねるより先にプルトップを開け、森川の方を向いていた。
しかし顔は上げられず、視界には缶を持つ自分の手と正座をした彼の足元しか映っていなかった。
目も合わせられない。
こんな礼儀知らずの自分を、彼はどう思っているのだろうという思いは、怒りの片隅には存在している。
しかしもう、葵は限界だったのだ。
「……はい。じゃあ……頂きます」
森川からは僅かな沈黙の後に、溜め息混じりの声が聞こえた。
呆れているのか、戸惑っているのか。
視線の先に差し出されたグラスを持つ手を見つめながら、葵は震えていた。
「すいません。気が利かないやつで」
「…………」
智之の自覚の無い侮辱を背中で受け、自分でも異常だと思えるほどの震えに堪えながら、缶をグラスに傾ける。
それでも小刻みに揺れる缶はビールを注ぐ前からグラスの縁に何度も当たり、カタカタと弾く小さな衝撃は、葵の手にも、当然森川の手にも伝わっていた。
その森川の人指し指がグラスから離れ、葵の手に触れたのはその直後。
ビールを溢さないように集中していた葵の手に、トントンと軽く弾くような感覚が伝わったのだ。
……………。
缶を支える左手の人指し指の付け根あたり。
指先で突くのでは無く、背の方で軽く叩くようなその感覚に、葵はハッとして息を呑んだ。
偶然なのか、何かを伝える為なのか。
森川の意図は分からない。
だけどもう、それだけで充分だった。
「あ、そのくらいで。……どうもありがとう」
「…………」
限界だ……。
森川の穏やかな声に制され、半分残ったビールの缶を置いた葵は、胸の奥で必死に堪えていた感情が急激に込み上げてくるのを感じていた。