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貴方だけに溺れたい
第3章 屈辱と悪夢
「…………」
聞き間違いじゃ無い。
ドアノブに触れる寸前に響いたそれは、間違い無く背後の小窓から聞こえたものだ。
誰……?
レースのカーテンで閉じられた窓へと目を向けたものの、窓を叩いた人物が自分を脅かす相手だという可能性は拭いきれない。
この不可解な状況が、堪らなく怖かった。
しかし、窓へと向かう葵には、ほんの僅な期待も芽生えていた。
否、願望と呼ぶ方が正しいのだろう。
あの人であって欲しい……。
無性に会いたかった。
野蛮な男達のいるあんな場所では無くて、あの林で会いたかった。
この家じゃ無くて、あの公園で会いたかった。
こんな自分じゃ無くて、あの場所に居る自分でいたかった。
でも、
「……助けて」
神様に願うように呟いていた。
どうか、会わせて。
何処でもいい。
どんな格好でもいいから、あの人に会わせて……。
「…………」
カーテンを開き、窓の鍵を外した葵の表情は毅然としていた。
室内の明かりを反射したガラスに映るのは自分の姿だけだが、葵は縋るような感情とは反対に、外の人物には威嚇する姿勢を崩さずにいたのだ。
弱味は見せたく無い。
どんなに願ったところで、自分の望みはいつも叶わない。
心でどんなに縋ってみたって、私はいつもツイてはいないのだから。
葵は窓を開ける寸前に、これ見よがしの溜め息まで吐いて見せていた。
しかし窓を開け、その人物が居るであろう方向を見た途端……。
「…………」
葵は一瞬だけ小さく驚いた後、胸の奥からじわりと込み上げてくるものを感じた。
「………り?」
「……え?」
「今、ひとり?」
「…………」
車のトランク側だった。
此方側を見上げるようにして立った森川は、気まずそうな表情の前に人指し指を立てながら、呆然とした葵の背後を窺うようにして、そう尋ねていた。