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貴方だけに溺れたい
第3章 屈辱と悪夢
「ごめんね、こんな場所から。驚かせたみたいで……」
「あ…あぁ、いいえ……お帰りですか?」
「ええ、まだ仕事が残ってるんで……」
「あ……あ、そっか……」
やっぱり気まずい……。
苦笑を浮かべながら元の位置に立った森川を前に、葵は努めて平然と振る舞おうとはしていたが、やはり意識してしまうのは数時間前の惨めな自分の姿。
森川がどう思っているのかは分からないけれど、彼の困惑の原因は、あの時の自分のせいだとしか思えなかったのだ。
「……あ、今日はご馳走さまでした。すみません急にお邪魔するような感じになってしまって……」
「あ、いいえ全然……」
知られたく無かった。
ほんの数分前までは会いたくて仕方がなかった人なのに、会ってしまえば余計な蟠りに気付いてしまい、もうあの林で会った時の自分ではいられない気がする……。
「……それにしても驚きました……。こういう偶然もあるんですね……」
「……そうですね……」
しかしそんな葵の姿は、森川の目にはどう映っているのだろうか。
視線が定まらず、落ち着かない。
普通に話そうとしてくれる森川に対して、自分の態度がよそよそしくなっている事は分かっていたのだ。
返す言葉だって素っ気なくて、葵はついに森川の視線を避けるように俯いてしまった。
「ごめんなさい……」
沸き上がってきたものは自己嫌悪。
普通に話したいのに、恥ずかしさや気まずさばかりが、どんどん膨らんでくる。
悔しい……。
平然と、何も無かったように振る舞えない自分の情けなさに唇を噛みしめた。
しかし、突然口を噤んだ葵に対して、森川はただ一度だけ視線を泳がせただけで、理由を問いかける事はしなかった。
ただ……。
「……葵さん」
俯いた葵の耳には、昼間その名前を復唱した時と同じ穏やかな声が、囁かれるように届いていた。