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貴方だけに溺れたい
第3章  屈辱と悪夢

「………」
「明日、来ますか?」
「……え?」

名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられた気がした。
後に続いた言葉をすぐに理解出来なかったのは、真っ直ぐに向けられた彼の眼差しと、不意に感じた甘い疼きに戸惑ってしまったせいだった。

「公園」

短くそう続けた森川の表情に変化は無い。
ただ微かな苦笑を浮かべながらも、その視線だけが強く迫るように見えたのは、先程ほどまでとは少し異なる抑えられた口調のせいかもしれない。

淡々としていて端的。
声のトーンが低くなったのは、周りの気配を気にしての事だろう。
今のところ玄関の方から誰かが現れる様子は無いが、此処では葵と森川が親しく話をしている事自体が不自然だという事に、葵は漸く気付いた。

しかし森川の質問に対して、葵は再び言葉を詰まらせていた。

質問の意図が分からない。
どうしてそんな事を聞くの?

どのみち明日は仕事で行けないのだけど、それさえも答えられずに余計な雑念が生じてしまうのは、この再会による蟠りのせいである事は間違い無い。

けれどそんな自身の葛藤は、単にこの時間を無駄に消費させているだけでは無かったようだ。

「葵さん……」

再びその名前を口にした森川は、困惑の中にどこか苦しげな苦笑いを浮かべながら続けた。

「……俺は、迷惑でしたか?」
「えっ?」

思いもしなかった言葉に葵は急いで首を横に振っていたけれど、森川のその表情に、葵は彼の心境を考えずにいた事に初めて気付いた。

「ごめんなさい。そんな事は全然!」

駄目だ、すべてにおいて上手くいかない。
森川の言う"迷惑"の意味はよく分かっていなかったけれど、葵は弾かれたように慌てて彼の誤解を否定していた。



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