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貴方だけに溺れたい
第4章 秘密
"茶色のツナギ"
森川らしき姿を見付けたのは、50メートル程の距離を進んだ頃だ。
この場所からほぼ向かい側に植えられた、大きなシダレザクラの傍。
しかしその場所まではまだ遠く、遊歩道を歩いて向かえば、100メートル以上の道をぐるりと回って行かなければならない距離だった。
しかし葵はその姿に気付いた途端、芝生の中へと踏み込んでいた。
直線なら凡そ50メートル程。
たいした距離では無いけれど、そんな自分の行動を"大人げない"とも思う。
しかもミュールを穿いた足では思うように走る事も出来ず、葵は20メートル程の距離を行ったところで一度足を止めた。
とにかく、落ち着け。
自分にそう言い聞かせる。
けれど頭で思う事と本能は別物のようで、身体は再び前へと歩み始めていた。
身体中が熱いのは当たり前だ。
こんな炎天下のもとで走るなんて、正気の沙汰では無いのかもしれない。
それでも早く。
彼の姿が明確になり、それが森川だと確信出来るほど近付くまで、葵はただ無心に進み続ける。
一方で茶色いツナギを着た人物__森川は同系色のキャップを深く被ったまま作業に没頭していた。
樹齢100年を越えるシダレザクラ。
彼はその幹の前に置いた脚立に乗り、枝の付け根部分に出来た亀裂の間に細い管のような物を差し込みながら内部の状態を確認していた。
葵の存在には一向に気付く様子も無い。
しかし20メートル……10メートルと徐々に近付きつつ葵が声を掛けようかと迷い始めた頃、森川は何かを察したように顔を上げて此方を見た。
けれど。
「あぁ、誰かと思った……」
「え?」
"約束"を忘れていたのだろうか?
何故か二度見の後の、驚いた反応だった……。