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貴方だけに溺れたい
第4章 秘密
「そうか……今日は仕事だって言ってたんだよね」
「え?あ、はい……」
「そうだよね。いや、勝手にトレーニングウエアで来ると思い込んでたから、人違いかと思った」
「……ああ……」
そういう事でしたか……。
別に『やぁ、待ってたよ!』なんて両手を広げて歓迎されるような大胆な期待をしていたわけでは無いけれど、顔を見るなり驚いた森川の反応に戸惑ったのは当然だった。
何しろ今日までの間に色々と考えていたのだから、森川が"約束"を忘れている可能性だって考えていなかったわけでは無い。
勿論、それはそれで大きな問題では無いと思いつつも、本当に忘れられていたらショックだっただろう。
実際には森川は葵を見て直ぐに微笑み、淡々とした調子で「ちょっと待っててね」と作業を再開していた。
驚いたのは、ほんの一瞬。
しかしその一瞬の反応に動揺するほど、葵自身は敏感になっていたのだ。
どうしよう……。
そして再び高まってきたのは緊張感。
覚悟を決めたといっても、そう簡単に自然に振る舞えるわけじゃ無い。
3段式の脚立に乗った森川の姿を横目に見つつ、頭の中では必死に"当たり障りの無い会話"を探していた。
「葵さん」
「はいっ」
「悪いんだけど、そこのクーラーボックスからタオル2枚出してくれるかな?」
対して森川の態度に違和感は感じなかった。
葵の傍に置いたクーラーボックスを示しながら「手が離せなくて」と浮かべた苦笑までもが自然に見える。
「畳んである方ですよね?」
「勿論。ビニール袋に入ってる方は開けないでね。使用済みのだから」
「あ、はい……」
言われるままにボックスを開け、ミネラルウォーターや膨らんだビニール袋が入った中から保冷剤で冷やされた濡れタオルを取り出して息を吐いた。
駄目だ、このままじゃ。
今のところは向き合って話してるわけでは無いから感付かれてはいないと思うけれど、このままではまた先日のように個人的な感情で動揺して、彼に迷惑をかけてしまう。
とにかく、自分に対する彼の態度に変化は無いのだし、今は悪い方に考えるのだけはやめておこう……。