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貴方だけに溺れたい
第4章 秘密
"女優"になれないのなら、"無心"になれ。
そうだ。一層の事、"助手"になってしまえ。
「広げますか?」
「ありがとう」
おそらく凍らせておいた物だろう。気持ちが良いほどよく冷えたタオルを広げて差し出すと、森川は「暑いね」と軍手を外した左手でそれを受け取った。
右手は細い管の付いたリモコンのような物を持ち、手前の枝の上に置かれたままだ。
何をしてるんだろう?
そう思うのは自然な事だったけれど、葵がその疑問を口に出す前に森川はタオルを首に巻きながら再び右手の方へと向きを変えようとしていた。
「そっちは使って」
「え?」
「もう少しかかるから、冷やしておいた方がいいよ」
「…………あ、はい」
そう言われてもう一枚のタオルに気付いたけれど。
なんだろう……。
たったそれだけで気持ちが少し解れた気がしたのは、単純に、森川の気遣いが嬉しかったからだろうか。
「私が使っちゃって良いんですか?」
「ん?」
「クーラーボックスの中、あと一枚しか残って無かったと思うんですけど」
「平気。外の作業はこれで終わりだから」
しかし後から思えば、そんな些細なやり取りが、会話の"きっかけ"になっていた事は確かかもしれない。
「……終わり?」
「うん。だいぶ暑くなってきたからね、これ以上やると木にも負担になる」
「そうなんだ……」
「ありがとうございます」と言いつつ額に当てたタオルの冷たさが心地よかった。
そのタオルを頬に移動させながら自然と森川の傍に来ていたのは、やっぱり彼の作業が気になっていたからだと思う。
「この桜は、病気なんですか?」
「うーん……病気というよりは、怪我かな」
「え?け………」
けれど彼と並んだその距離は、おそらく今までで一番近かったのではないか。
「ん?」
「あ、いえ……そうなんですか。怪我ですか……」
"怪我?"と尋ねるつもりで見上げた顔が、ほぼ真上にあった事に驚いた。
動揺したのはたぶん、その距離と"光の加減"のせいだ……。