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貴方だけに溺れたい
第4章 秘密
焦った……。
今の今まで敢えて彼と向き合わないように意識はしていたけれど、まさかこんな至近距離で見上げる事になるとは思ってもみなかった。
しかもキャップのツバの影のせいか、その輪郭や唇、目元がやけに艶っぽく見えてしまった。
迂闊だった。
目が合った瞬間にドキっとしてしまったけれど、そんな自分の動揺には気付かないでいて欲しいと願う。
「剪定が悪いとその切り口から腐れを起こして空洞が出来ちゃうんだよ」
「……空洞?」
気付いた様子でも無いけれど……。
「そう。これは外側からは見えないけどね、このままにしておくと幹の内部にまで広がって、最後には全体の重さに耐えられなくなって倒れる可能性もある」
「え?」
しかし淡々とした調子で説明を始めた森川の反応に安堵しながらも、なぜだか微妙な虚しさを感じている自分を不思議に思う。
「見てみる?」
「あっ、はい!」
そう尋ねられた葵が直ぐに頷いたのは、そんな不可解な感情に囚われたく無かったからだ。
"動揺は見せられない"
そんな思いにも拍車が掛かる。
「サンダルは危ないよ?」
「脱ぎますよ。もちろん」
作業道具を持って脚立を降りた森川から受け取ったペンライトを首に掛け、意気込んだ口調でそう応えたのも、自分の感情を誤魔化す為の虚勢だったのかもしれない。
しかし葵の心情を知らない森川からしてみれば、彼女の言動は単純に微笑ましいものに見えていただろう。
「気をつけて」と言いながら脚立に着いた土を軍手で拭う仕草がまた、葵を動揺させたが……。
「すみません……」
「落ちるだけなら大歓迎」
「やだ、絶対に落ちませんよ」
「残念。いい口実になると思ってるんだけどな」
「…………」
さりげなく親切だ。
けれど軽く両腕を広げながら、さらりと解釈に困る発言をするのは、勘弁して欲しい……。