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貴方だけに溺れたい
第4章  秘密

何とも言えないような気持ち。
あんなに満開だったのに、見えない場所にはこんな酷い傷があったなんて……。
しかし自分の稚拙な語彙力では、その複雑な心境を森川に伝える事は難しかった。

「満開だったのに……」

周りの枝とは違う、痛々しく崩れた亀裂を見つめながらそう呟いた。

「生育自体には大きな問題は無いんだよ。根っこと表面に近い"形成層"っていうほんの僅かな層が生きていれば、来年も再来年も花は咲く」
「そうなんだ……」

だから、"病気"では無く"怪我"と言ったのか……。

しかし葵の植物における知識はほんの僅か。
"光合成"しか知らないような頭の中では、理解するほど疑問が生まれ、葵はペンライトのスイッチを入れながら亀裂の中を覗き始めた。

腐った切り口から伸びた亀裂は下の枝に向かって僅かに幅を広げている。
一番広い8センチ程の穴を照して中を覗き込むには、寸前まで顔を近付ける必要があった。

「気をつけないと、虫がいるからね?」
「この腐った部分って、その形成層?…には影響は無いんですか?」

夢中になると、人の忠告も聞こえない。
葵は細長い空間の先へと目を凝らしながら、風船が膨らんでいくように広がっていく樹木の内部を想像した。

「この木に限っては影響は無いよ。結論から言えば形成層があるから自然に治癒する。完全に修復されるわけでは無いけど、植物の治癒力は人間や動物よりも遥かに高いから、こうした腐れなんかも自力で食い止める事は出来るんだ。
だだそれを言うと、じゃあ俺は何をしてるんだ?って話になるんだけどね」

確かにその通りですよね……。

「悪い部分を取り除いて、薬を塗るとか?」

亀裂部分を指差しながら振り返ると、森川が斜め後ろに立っていた事に少し驚いた。
けれど先ほどまでよりは動揺せずにいられたのは、疑問の方が大きかった為だろう。

「そう、それぐらいしか出来ない」
「それくらいしか、私には思い浮かびませんが……」

気が付けば、普通に話も出来ている。
内容は深刻ではあるけれど、ただそれだけでも、なんだか嬉しい。



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