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貴方だけに溺れたい
第4章  秘密

「ところで葵さん」
「はいっ!」
「仕事は何時から?」
「…ああ……1時からです」

びっくりした……。
"ところで"なんて、改まった言い方をされるだけで過剰反応してしまう。

不自然なほど威勢よく返事をした葵に対して、森川は顔を上げて笑ってみせたが、そんな些細な反応にさえも深読みしてしまいそうになる。

「そう。昼飯はどうするの?」
「お昼ですか?お昼は仕事前に軽く……」
「それなら、よかったら付き合ってくれないかな?俺、今日はまだ、まともな食事して無いんだ」
「……あ、はい」

わぁ…もう、どうしよう……。

蟠りの無い状況なら、森川と話をしながら過ごす時間は素直に嬉しいと思えるだろう。
しかし"食事をしながら"なんてシチュエーションは、"樹木を眺めながら"とは全く違う。

『私と此処で会った事は誰かに話しましたか?』
そんな質問をしたら、彼はどう思うだろう?
智之の態度を思い返せば、まだ話してはいないと思えるけれど、今後も誰にも話して欲しくないと思うのだ。

しかしそんな要望を食事という制限された状況で告げるとしたら、その理由を話す事も当然の事。
話したく無いところまで、話さなくてはいけない。
飲み会での話題は避けられないかもしれない。
"向き合った状況"では、逃げる事も誤魔化す事も出来るわけが無い。

考えれば考えるほど、悪い方向にしか考えられなくなる。

腹を括ったはずなのに。
森川なら、自分の味方でいてくれるような気がしている。
そんな思いは確かにあるのだ。
しかしそれは確信では無く、思い込みである事も自覚している。

「ただ悪いんだけど、俺こんな格好だから飲食店には入りずらくって。弁当買って来てブナ林でもいいかな?」
「……はい……あ、東屋見付けました?」
「うん。けっこう奥にあるんだね」
「そうなんです……」

しかも其処は今一番、気まずい場所かもしれない。
たとえ"樹木を眺めながら"にしてもだ……。




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