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貴方だけに溺れたい
第4章 秘密
こうなったら、この場で思いきって切り出した方が良いのかもしれない……?
"ブナ林"という一言で思い浮かんだのは、逃げ場のない隔離された空間。
勿論普段ならば、人気の無い、心地よい静寂に包まれた解放的な場所ではあるが、ふとその奥に建てられた東屋で森川と向き合う自分を想像して虚しさを感じた。
ざわざわとした喧騒に包まれた飲食店とは違う。
樹木を眺めながら話をするにしても、しんと静まり返った静寂の中でずっと向き合った状態でいなければいけないのだ。
たとえ時おり小鳥が囀ずったとしても、森川の追求を受け流すような事は出来ないと思う。
だったら今、歩きながら軽く雑談ついでに話してしまった方が、少なくとも深刻にならずに済むのではないだろうか……。
「よし、終わった。待たせてごめんね」
「いいえ、お疲れさまでした」
タブレットをしまう森川に平然とした笑顔を見せつつ、葵は今度こそ本当に覚悟を決めた。
"雑談ついで"にまでハードルを下げた気弱な自分は認めざるを得ないが、感情が面に出やすいぶん、向かい合う事は避けるべきだと思う。
よし、やるぞ……。
森川が作業道具を置きに事務所に入った後に、葵は一人、大きく深呼吸をした。
一旦気持ちを作り直さなければいけない。
彼と並んで歩きながら、明るく平然とした調子で話せば、漠然と上手くいくような気がしていたのだ。
しかし、ただ立っているだけでも汗ばむような暑さを感じているにもかかわらず、葵は何も気付いていなかった。
「もう11時になるんだね」
そう言いながら扉を開けて出てきた森川の指先にぶら下がった車のキーを見て、初めて気付いたほどだ。
「え、車?」
「うん。暑いし、その方が早いでしょ?」
「あ、はい……そうですね……」
確かにこの近所に弁当屋はあるが、歩けば片道10分は掛かると思う。
気温だけじゃ無く、時間や体力の消耗を考えれば車を使うのは当然の選択なのかもしれない。
けれど、並んで歩きながら"雑談ついで"に話すのとはワケが違う。
密室だ……。
せっかく下げたハードルを、また上げられてしまったような心境だった。