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貴方だけに溺れたい
第4章 秘密
本当にあった……。
それは肘の内側。
袖の捲り部分から僅かに覗いた程度の物ではあったが、シンプルなゴシック体で綴られた英文字のように見えた。
智之がどれくらいの範囲を見たかは解らない。
けれど、皮膚に馴染んだように滲んで見えたそれを"タトゥー"だと判断したのは、けして間違いでは無かったようだ。
しかし葵自身、もともとタトゥーに対する抵抗は無く、森川のそれを目にしたところで彼に対する見方が変わるわけでは無かった。
ただ。
「その服、暑くないですか?」
「暑いよ。一応は夏用なんだけどね」
ゆっくりと車を発進させた森川の横顔へと視線を向けながら、先日の彼の服装を思い出していた。
チノパンに長袖のシャツ。
今と同じように袖を捲り上げたシャツは夏物ではあったが、今日と同じような暑さの中で敢えて選ぶものだろうか?
勿論、理由を考えれば色々と浮かぶものだけど、タトゥーは特殊なものだ。
仕事や初対面の人間と会うような場合では、隠しておく事が殆どだろう。
当然、自分も例外では無いと思った。
たとえ自分がタトゥーに対する理解があると知ったとしても、彼はその理由を話すだろうか?
"刺青"を入れる事は簡単な事では無い。
ましてや森川のそれは、だいぶ年季の入った物に見えたし、そのぶん何か特別な理由があると思うのだ。
詮索されたく無いから"隠す"。
そしてそれは、葵にとって一番身近な"隠す"理由でもあった。
と、言うことは……。
『彼は飲み会の話題には"ふれない"』?
漠然とした"勘"のようなものではあるが、葵は森川のタトゥーに対して、殆ど確信に近いものを感じ始めていた。
理屈では無いのだ。
ただ自分だったら、特別な理由があると推測出来るものにはふれない。
詮索されたく無い事のある人は、他人の領域に踏み込むような事はしないと思うのだ……。