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貴方だけに溺れたい
第5章 枷
「葵、明日は仕事休みでしょう?」
「うん」
「だったら今日は呑まない?」
「…………」
智之が晩酌に誘って来たのは、お風呂から出た葵が部屋へと戻って来た時だった。
ソファーの前のローテーブルには既に2つのグラス。
まるでタイミングを見計らったように冷蔵庫からビールを取り出して来た智之は、葵の返事を聞く前にはプルトップを開け、グラスにそれを注ぎ始めていた。
『風呂上がりのビールは格別だよね?』
おそらく本人は、そう言うつもりでいるのだろう。
しかし智之が自分を晩酌に誘う時の目的を知っている葵にとっては、気が利いているとばかりにグラスを差し出す智之の行為は、もはや茶番としか思えなくなっていた。
「エッチしたいなら普通に言えばいいのに」
「そんなつもりは無いよ。だけどほら、今朝、ちょっと機嫌悪くしたみたいだから」
「……誰が……」
「俺がね。葵を怒らせたみたいだから、仲直りしたいなと思ってさ」
白々しい……。
しかし葵は、差し出されたグラスを受け取りながらも、思ったままの言葉を口には出さなかった。
話題が森川の事にふれていた為でもあるが、今朝の話を蒸し返されたくも無かったのだ。
「別に怒って無いから、その話はもうしないで。先に髪を乾かして来るから先に呑んでていいよ」
「わかった」
それでも、たとえ森川の話題が無くても、これからの時間を憂鬱に思う事に代わりは無かった。
グラス半分まで呑んだビールをテーブルに置いて寝室に入った葵は、姿見に映る自分を眺めながら溜め息を吐いた。
率直に言いたい事があるとすれば、今日は早く寝たい……。
金曜日の飲み会の準備から、深夜にまで及んだ後片付け。
そしてその数時間後からの労働と睡眠時間を考えれば、それは至極当然の思いだ。
しかし葵は、自分の都合を理由に智之の誘いを断る事に対して、ひどく歪んだ罪悪感を感じるようになっていたのだ……。