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貴方だけに溺れたい
第5章 枷
誘いを断れば、彼は必ず落胆して、葵を責めるような態度を見せるだろう。
理不尽である事は分かっているのだ。
智之は葵の気持ちや体調を気遣えない。
自分の欲望の為にあれこれと理由を作り、葵を労うような気遣いを示しつつも、それを断れば『せっかく準備したのに』とあからさまな不満を口にする。
そんな智之に対して、本心では『押し付けがましい』と一蹴してやりたい気持ちはあるのだ。
けれど2年前に智之が男性不妊__閉塞性無精子症だと知ってからは、葵が彼とのセックスに対して慎重になっている事は確かだった。
しかしその根底にあるものは解らない。
同情なのか、愛情なのか。
それとも智之の"男としてのプライド"を傷付けない為なのか……。
思い当たる全ての理由が当て嵌まるようでいて、何かが違っているようにも思える。
ただそれなのに、智之の誘い__セックスを断る事にははっきりとした罪悪感を感じてしまう。
セックスを拒否した時の智之の不満や溜め息に対しての怒りや苛立ちはあるのだ。
けれど反面では、そんな彼の態度に、なぜか自分に非があるような不安を感じてしまうのだ。
だったら下手に反発するよりも、智之の思惑に乗ってしまった方が楽だと思える。
寝る前になってストレスを感じたくも無いし、不可解でしかない不安や罪悪感に苛まれたくも無い。
余計な事を考えずに、さっさと終わらせてしまった方が、心にも身体にも負担は少ないというのが葵の考えだった……。
「そろそろ寝る?」
「……うん」
部屋を出た後に注ぎ足されたビールを呑み終わる頃には、葵の意識はぼんやりとしていた。
やっぱり疲れているのだろう。
いつもよりも早く回り始めた酔いと睡魔に抗えず、葵はソファに凭れたまま目を閉じようとしていた。
いっその事、このまま寝たい。
しかし空いたグラスをキッチンに運び、リビングの灯りを消して戻って来た智之には、葵を彼女のベッドに連れて行くつもりなど全く無いのだろう。
「そこで寝ちゃ駄目だってば」
苦笑じみた笑いを浮かべながら葵の腕を掴んで立たせると、彼はアクビをする彼女の状態を気に掛ける様子も無く寝室へと誘導した。