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愛されたいから…
第1章 イルマの出会い
子供の頃から、親父やお袋を担当していた編集さんが普段は俺に優しいのに〆切前には鬼の顔で

『そこのベタとトーンと背景をやってくれ!』

とまだ学生の俺を平気でこき使って来る事が当たり前の生活だったから、こういう強引な編集の人には一応慣れてはいる。だが、あまりに強引な南郷さんの暴挙に

『ちょっと、南郷さん!?』

と叫ぶ編集長と坂口さんを残して俺は南郷さんに手を引かれたまま、別の階にある南郷さんの編集部に向かう為にとエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターの中で南郷さんと2人きりになり、彼の力強い大きな手が、女みたいに華奢な俺の手を握りしめているという状況に、それだけで動悸が止まらなくなる。

この状況はただ単に南郷さんからすれば仕事で俺を逃がしたくないだけだったんだろうけど、俺には誰かに手を握られるとか小学生以来の出来事だ。

やばい…、なんで俺はこんなにドキドキしてんだよ…

相手は男だ。しかも仕事で俺を必要としているだけのただの俺の理想ってだけの男だ。だけど理想ってだけで俺が俺の手をしっかりと握っている南郷さんを見つめてしまうには充分な状況だった。

ふと、おもむろに南郷さんがメガネを外してから

『何か俺の顔についてます?』

と俺を見下ろすように言った。彼のその鋭い目に直接に見られた俺はいっそう動悸が高まり自分で自分の顔が赤くなっていくのがわかるくらいに顔が熱くなる。

『な、なんでも…あり…ません。』

と慌てて南郷さんから目を逸らして上ずった声で答えた俺にクスッと一瞬笑う南郷さんの笑い声が俺のコンプレックスに更なる追い討ちをかけて来た。

理想の男を見つめて赤くなっている馬鹿な俺を俺の理想である南郷さんに笑われてしまった…。またしても俺の新しいコンプレックスがそうやってふつふつと湧き上がってしまう。

なのに、そんな俺に構う事なく南郷さんは止まったエレベーターから自分の編集部の打ち合わせ用の小部屋へと俺の手を引いたまま連れて行き

『少し待ってて下さい。』

とだけ言ってその小部屋から出て行った。ひたすら動悸でドキドキしている俺は自分自身に落ち着け、落ち着けと言い聞かせる。

深呼吸を繰り返してなんとか落ち着いた頃には南郷さんが封筒とコーヒーを持って来てその小部屋の小さなテーブルを挟んで俺の前に座った。
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