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この香りで……。
第17章 揺れる




「えっ、えっ、ウソ! お口って……フェ……!?」

 甲高い美希の声がホールに響く。

 美希の頬が一気に朱に染まる。

「美希っ……いい、言わなくていい」

 奈々葉は慌てて手のひらで美希の口を抑えた。

「だけど、奈々葉ってそんな積極的キャラだっけ?」

「だって……」

「まあ、弱いものね、奈々葉って……。キュンキュンとくるシチュエーション……」

 確かにその通りだった。夫の信也と付き合い始めたきっかけさえもそうだ。

「うーっす!」

 営業部の事務所から里井が声を掛けてきた。その無表情な目が奈々葉の方に動いたような気がした。彼の顔が縦に小さく動いたあと、ふぁー、と無精髭のある口が大きく欠伸をした。

「顔洗ってこ」と呟きながら、美希が給湯室に消えた。後ろ手にピースサインを振りながら。



 里井と目が合う。

 ――きゃあ、恥ずかしいよ。

 奈々葉は里井から目を逸らせる。昨夜の出来事が頭の中を巡る。胸が苦しい。

「ほい……」

 里井はスーツの上着のポケットから缶コーヒーを二本出して、その一本を奈々葉に手渡す。

 ――あっ……。

「ど、どうも……」

「……じゃあな」と里井は事務所に向かう。自分の缶コーヒーの蓋を開けながら……。

 奈々葉も「はい……」とだけ応えて、里井から手渡れた自分の缶コーヒーを喉に流し込む。



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