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どうか、その声をもう一度
第3章 冬に溶ける憂鬱
満員電車に揺られることに慣れたのはいつ頃だっただろう。本土に出てきたばかりの頃は電車の本数の多さにも、その種類の多さにも驚いたし、これ以上乗れないと思うほど込み合っているのに、それでも更に乗り込む人の多さに驚いた。
高校卒業後、本土の女子大に進学したのはいいものの、私は中々本土の暮らしに慣れることができなかった。生まれ育ったあの離島に戻りたい。周囲への関心の薄い街はひどく寂しい。友達ができたって、心を開くことができず、ただただ、孤独だった。
色んな物事のスピードについていくことができず、疲弊する中で秀治と再会した時、泣き出したくなるほど安堵した。私と違い、彼は都会の生活に上手く馴染んでいるようだった。懐かしいなぁ、元気か?と問われた時、涙を堪えるのは大変だった。
「彩夏、おはよう。今日も寒いね」
「おはよ。ほんと、寒くてやんなっちゃうね」
満員電車から解放され、徒歩数分。冷えた外気から逃げるように会社のビルに滑り込むとエレベーターホールには総務部所属の同期女子、マリがエレベーターの到着を待っていた。
「ねえ、クリスマス、同期女子で集まらない?あ、でも、彩夏は彼氏居るし、あれか…」
「ううん、多分向こう仕事だから。ってか、ミヤコも彼氏居るんじゃなかったっけ?」
「ミヤコは別れたらしいよ」
「うっそ。結婚するんだとか言ってたじゃん」
「まあ、色々あったみたい。で、ミヤコがクリスマス集まろうって」
「言いだしっぺはミヤコか。カナはどうかな?傷心は癒えた系?」
「癒えないんじゃないの?入社してからずっと好きだったみたいだし」
私はイベントの企画、運営を手掛ける会社で働いている。大卒で入社4年目。当初の配属はマリと同じ総務部だったが、2年目の冬に営業部へ異動になった。本当は企画事業部への配属を希望しているのだが、それまだ叶いそうもない。
「一応、空けとくよ。ミヤコにも言っといて」
「はいはーい」
マリと共にエレベーターに乗り込み、3階、4階とボタンを押した。総務や人事、経理など会社の内部に関する部署と各部署が利用する倉庫は3階にあり、私が所属する営業部と、企画事業部は4階に位置していた。3階で降りていくマリの背に声をかける。閉じていく扉の向こう、マリがひらひらと手を振っていた。