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どうか、その声をもう一度
第6章 崩れたオペラ
普段、私と外出する時、私が言葉を打ち込んだスマートフォンの画面を見ることができないからと隆也は車での移動を好まない。
腕を引かれ、辿り着いた先が駐車場だと分かった時、あの場で隆也と出くわしてしまったのは不運な偶然だったのだと察した。
ロックを解除し、運転席に乗り込むかと思いきや彼はワンボックスカーの後部座席のドアを開けた。背中を押され、倒れ込む。戸惑う私を無視して乗り込んでくると器用にシートを倒していった。片手に持っていたパティスリーの紙袋は乱暴に放り出され、ぐちゃりと音がした気がした。
「俺さ、職場の子に、恋人とラブラブクリスマスですか、とか聞かれてさ、照れくさいと思いながら、そうなるかな、なんて答えたんだ」
私に馬乗りになった隆也は、私の頬を撫でながら独り言のように言う。身体が震えるのは車内の空気が冷え切っているせいだけではないのだろう。
「でもさ、沙英がナツメちゃんと出かけたいって言うから俺は快く送り出したわけ。それがさ、なんで男と一緒なのかな。よりによって『秀治』と一緒なんて酷い裏切りだ」
私だって、あの場に秀治が現れるなんて思っていなかった。ナツメちゃんはただイルミネーションを見ながら食事しませんか、と私に言っただけだったのだ。隆也にその話をした時、彼は、自分たちはこの先何度も一緒にクリスマスを過ごせるのだから行っておいで、と言った。
私は隆也から離れることができない。彼も、それを分かっている。だから、この先もしかしたら付き合い方が変わる可能性のあるナツメちゃんを優先させた。そこに異性が現れることは私同様、想定していなかったのだろう。
「いつ、秀治と再会したのかな。ずっと黙ってたの?」
違う。訴える為に必死に首を横に振る。あの離島から本土に戻り、この8年。一度も再会することのなかった秀治。10日ほど前に本当に偶然、彼と再会した。だけど、また会ってしまわないようにと注意していた。