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どうか、その声をもう一度
第2章 雨の中、邂逅
包丁の音が聞こえるような気がする。ああ、朝がきたのか。部屋の中はすっかり暖まっている。欠伸交じりにベッドの中で伸びをした。枕元のスマートフォンを手繰り寄せて時間を確認。12月14日、7時22分。アラームの鳴る8分前だ。
「秀治!そろそろ起きないと遅刻…って起きてるか。おはよう」
「ああ、おはよう」
のそりとベッドから起き上がると同時に寝室のドアが開き、彩夏が顔を覗かせた。俺が起きているのを見るとエプロンを外しながら居室の方へと戻っていく。まだぼんやりする頭をがしがしと掻きながら出ていけば、2人がけのテーブルには朝食が並んでいる。
「今日、オープンなのにこんなにゆっくりでいいの?」
洗面所へ向かう俺の背中に彩夏の声が飛んでくる。ああ、だとか、うん、だとかそんなようなことを言いながら洗面所に滑り込み、寝起きのルーティンをこなした。
顔を洗うといくらか頭がすっきりする。彩夏は食卓につく俺を待たずにニュース番組を見ながら朝食を食べ始めていた。いただきます、と小さく言って箸を手に取る。白米に焼き鮭と納豆。それから絹ごし豆腐の味噌汁。
大学の頃の一人暮らしのときからすると立派な朝食。就職して彩夏と暮らすようになってから朝もしっかり食べるようになった。
「ねえ、年末年始に一緒に島に帰らない?」
「なんで?」
「石川先生がね、定年で退職するんだって。それでみんなで集まってお疲れさま会やろうって、黒田から連絡があったの」
「ああ…黒田たち、元気?」
「元気だってよ。子供、もう2歳だって」
「うわ…まじか」
「ねえ、だからさ、帰ろうよ」
「新店任されてすぐだし、どうなるか分かんねえよ」
「秀治、石川先生にはすっごいお世話になったでしょ」
「それは、そうだけど…」
俺と彩夏は日本の首都、東京から南へ180キロほどの位置にある離島の生まれだ。人口は約、1600人。その中で同級生は10人。彩夏の言った石川先生は俺たちの高校の頃の担任教師だ。恰幅の良いその男性教師は、たった10人の生徒たちと真摯に向き合ってくれて、俺たちはみんな石川先生のことが好きだった。高校3年の夏休み明けに急に進路を変更したいと言った俺の相談にもたくさん乗ってくれた。