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道案内
第1章 道案内

毎年、この日、彼女は家を出ていく。
結婚の挨拶に行くんだ、と言って聞かない。
そして必ず道に迷い、必ず公園で休み、必ずオレンジジュースを飲む。そして僕はそんな君を迎えに行く。
君は他人である僕のことを、おにーさんと呼ぶ。
君は恋人である僕のことを、嬉しそうに話す。
君は僕に、ありがとうと何度も言う。
先程彼女を家に迎え入れたのは雇っているヘルパーだ。今頃疲れて眠っているだろう。
宏樹は、彼女の寝室である2階の角の部屋を、静かに眺めた。
君の中で、目の前の僕は、もうただの他人だ。
けれど君の中に、田中宏樹は、最愛の恋人として存在している。
もし神様がいるのならば、どうか、彼女のその記憶だけは奪わないでほしい────。
「本当……ほっとけないんだから」
男は震える声でそう呟き、静かに家の中へ入っていった。
────fin.

