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あの星に届かなくても
第1章 それぞれの夜
上り始めてから二十分。徐々に景色が開けてくる。いくつかの舗装された駐車場を通り過ぎ、やがて、舗装されていない砂利の広場に辿り着いた。
夜景スカイラインとして有名なこの峠道の中でもここは穴場スポットだ。柵がないため、車に乗ったままで景色を眺めることができる。
慧子は、車を停めるとヘッドライトを消してエアコンを切り、助手席に置いてある毛布を広げて頭から被った。
山の上となるとさすがに寒いが、この地域は比較的温暖な気候で大雪が降ることも滅多にない。ダウンジャケットを着ているし、シートヒーターのおかげで背後は暖かいから、首から上を完全防寒すればルーフを開けていてもしばらくは過ごせる。
眼下に広がる夜景の煌めきが、その向こうに延々と続く湾のカーブを際立たせる。目線を右へ移せば、遠くの暗闇の中に、遠近感を狂わせるほどの高い山がそのシルエットをかすかに浮かび上がらせている。
ひときわ目を惹く、その美しい山。今年の初冠雪は一ヶ月半ほど前――十月の半ばあたりだったと慧子は記憶している。暑い夏を経て、深くえぐれたその黒い山肌がうっすらと白く雪化粧された日は、見慣れているはずなのに無性に感慨深く思ったものだ。ああ、季節が変わる、と。
そういえば、死んだ祖父が生前よく言っていた。『いったい何人の人間が、この変化に気づいているんだろうな』――たしか、そんなようなことを。