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あの星に届かなくても
第5章 走りだした焦燥
紗恵は天井を見上げ、まぶたを下ろした。それを許可と捉えた義巳の「始めるぞ」という低い声に頷いた直後、検診台が機械音を立てて上昇しはじめた。背もたれがゆっくりと後ろに倒れる。脚置きが左右に開き、意志とは裏腹に開脚させられ無防備な体勢になった。湿地が空気に晒されひやりとする。
「なにをされるか見張らなくていいのかい」
遮った視界の中で聞こえたその声は、ほんのわずかに優しさを含んでいる。
「あなたのそういうところが嫌いよ」
目を閉じたまま、紗恵は答えた。
検診は淡々と始まった。下腹部を軽く押しながら膣内を触診していく。中にいるのが手袋をした義巳の指だということを考えなければ、医療部の職員にされるいつもの内診と同じだ。
不意に「力を抜け」と言われ、そこにいるのが彼だと思い知らされた。頑なにまぶたを上げずにいると、体内に冷たい感触が侵入してきた。くちばし状の金属製器具で膣壁を広げ、中を視診しているのだ。
こんなふうにして、この男はいったい何人の女の化身を目にしてきたのだろう。『見慣れている』――本当は、そんなふうに言ってほしくなかった。お前は不特定多数のうちの一人だと、そう切り捨てられたような気がした。
落胆する資格は自分にはない、と紗恵は自戒する。
――私は、この人を捨てたんだから。
心の中で言い聞かせると、意図せず目頭が熱くなった。
「……紗恵」
久しぶりに名前で呼ばれ我に返り、はっとまぶたを開ける。滲んだ涙のせいでまつげが濡れていた。膣内から器具が抜き取られたかと思えば、上から苦笑を浮かべる美麗な顔に見下ろされた。
後ろに流しているその前髪が、はらりと垂れる。この男がよりセクシーに映る瞬間だ。