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あの星に届かなくても
第1章 それぞれの夜
毛布に囲まれた顔を、のそりと上に向ける。
「わあ……やっぱり」
慧子は感嘆の声をあげた。
そこに広がるのは満点の星空。冬は特に空気が澄んでいるので、夜景も星も夏場よりはっきりと見える。今日は日中からよく晴れていたから、天を眺めるには最高だろうと思っていた。
まるで今にも降ってきそうな無数の星たちを眺めながら、つい半年前のことを思い出し、慧子はまぶたを下ろした。
この地に帰ってくるまで、自分がこんなに自然豊かな土地で生まれ育ったことなど忘れそうになっていた。
のんびり空を見上げることも、ふと目を閉じて風の音に耳をすませることも、すっかりしなくなっていた日々。朝なのか夜なのかわからない街の中、そびえ立つビルの間に埋もれ、無限に溢れる人混みに呑まれ、息の詰まるような騒音に流され、いつも自分の心の無音を保つのに必死だった。
――「望月さん。今夜、いいかな」
背中を駆け上がる嫌悪感に襲われる。はっとまぶたを開けて再び地上の景色に目をやり、慧子はため息をついた。
上着のポケットの中で携帯電話が震えた。取り出して確認すると、『先に寝ます。運転気をつけてね』と母からメッセージが届いていた。『了解。おやすみ』と返信して、携帯を助手席に放る。
十時過ぎにバイト先のドラッグストアから自転車で帰宅し、再び出かけようとリビングに車の鍵を取りにいったとき、父と母は一緒にDVDを観ていた。父のお気に入りのSF映画だ。どんな内容だったか深くは思い出せないが、ラストシーンで流れるフランク・シナトラの『Fly Me To The Moon』だけは強く印象に残っている。