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あの星に届かなくても
第3章 非日常のくぼみ
「ありがと。助かった」
「今日はすぐに休んでください」
「うん」
「では、お疲れさまでした」
その言葉で降車を促したつもりだったが、なぜか紗恵はシートにもたれたままドアに手をかけようともしない。
「市川くん」
「……はい」
「身体が怠いの。上まで送ってくれない?」
「…………」
面倒なことになる予感はしていた。しかし、それに従うしか選択の余地がない中でどう抗えというのか。
女の潤んだ瞳から逃れようと、宗介は視線を前にやった。ワイパーに何度拭われようともフロントガラスを絶え間なく濡らす雨の流れが、やけに焦燥感を煽る。
逡巡する宗介を咎めるかのように先に車を降りた紗恵は、ドアを閉めたあとも建物内に入ろうとせず立ち尽くしている。本当に体調が悪いのかどうかは別として、このまま雨に打たせ続けるわけにもいかない。
「早く来いってか」
吐息まじりに呟き、宗介はエンジンを切った。部屋の前まで送り届けたらすぐに戻ってくればいい。そう思い、シートベルトを外して車を降りた。
降りしきる雨から逃れるようにマンションの中に駆け込むと、紗恵は嬉しそうに腕に寄り添ってくる。
「あの、土屋さん」
「ちょっとだけ」
「はあ……」
「ほら、具合が悪いときって心細くなるじゃない?」
「そうですかね」
「主人はまだ帰ってこないから、そんなに心配しないでよ」
「いや、そういう問題では……」
まったく話の通じない人妻に戸惑いながらエレベーターに乗った。