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あの星に届かなくても
第1章 それぞれの夜
鼻歌交じりに天を仰いでいると、遠くのほうから車の排気音が聞こえてきた。歌うのを止め、近づいてくるにごりのないリズミカルな排気音に耳を傾ける。
それは、慧子のいる広場に入ってきた。タイヤがゆっくりと砂利を踏む音がして、車三台分くらい離れたところで完全に止まった。
夜遅いこの時間は、たまにしか通らない車のほとんどがこの穴場を見逃していく。慧子は予想外の“お仲間”の出現に警戒しながら、被っている毛布を少しだけずらし、ちらりと横に視線を向けてみた。
暗がりに鎮座するシャープで流麗なボディーは、もはやかっこいいを通り越して美しい。昨年発売されたばかりの新型車だ。この暗闇の中では色がほとんど識別できないが、おそらく黒か濃いグレー系だろう。
このクーペスタイルがスイッチひとつでロードスタースタイルに変身する。とはいえ、幌(ほろ)を完全に収納するソフトトップタイプとは違ってリアルーフは収納されないので、歴代モデルのフラットなオープン状態とは違う形になる。だがそれもまたいい。
その造形美を眺めて心を躍らせていると、運転席から人が降りた。男だ。こちらには目もくれず、上着のポケットに手を突っ込みながら砂利を踏みしめて車体の前に出ると、遠くの夜景を見つめる。
その背格好と気だるげな立ち姿に見覚えがある――と思った直後、この車も見たことがあると慧子は思い出した。
「あっ、市川さん、だ……」
思わず声に出してしまった。
気づいた男が振り返り、訝しげに様子を窺いながら歩み寄ってくる。慧子は助手席に放ってあった携帯を掴み、画面のライトを表示させた。二人の間に灯るブルーライトが、互いの姿をぼんやりと映し出す。