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あの星に届かなくても
第4章 過ちはまどろみの中
紗恵がなにも言わずに扉を開けて中に入るのを、宗介は呆然と見つめた。
その場から動けず、閉まりそうになる扉をとっさに押さえる。柔い橙色の光に照らされた狭いスペースを見下ろすと、黒とベージュのハイヒールが一足ずつ並んで置かれているが、男物の靴は一足もない。ふと目に入った備え付けの靴箱は最低限の大きさだが、夫の分はここにすべて収められているのだろうか。
「土屋さん。旦那さんと一緒に暮らしているんですよね」
紗恵は宗介の質問には答えずスニーカーを脱ぎ、スリッパも用意されていない廊下に足をつく。その後ろ姿は、孤独と同化しているように見えた。
「まさか一人で……」
その言葉にようやく振り返った紗恵が、美しい顔に冷笑を浮かべる。
「寒いでしょ。とりあえず入ったら? 取って食ったりしないわよ」
「俺にできることはなにもありません」
はっきりとした宣言に、うふふ、と柔和に笑った紗恵は再び背を向けた。
「あるわ。ただソファに座って、一緒にコーヒーを飲んでくれたらいい」
そんなことをしてなんの意味があるのだ、と宗介は思った。一時の寂しさを埋めるために無理やり誰かを利用しようとするのは、単なる迷惑行為ではないか。そんな刹那的なやり方、時間の無駄だ。
このまま扉を閉めて帰ってしまえばいいとも思ったが、その考えはどこからともなく湧き出た責任意識にあっけなく消されてしまった。扉が開けられた瞬間に覚えた違和感を、自分自身で確かめなければならない気がしたからだ。