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あの星に届かなくても
第5章 走りだした焦燥
「計画に賛同した女性を招いて、卵子を採取している。お前と違って安全なやり方でね」
「……プロジェクトを明かしてるの?」
「まさか。少しだけ真実を織り交ぜた嘘さ。未来のために卵子凍結を考えてみませんか、と提案しているだけだよ」
この男らしい狡猾な方法だ、と紗恵は思った。偶然を装ってターゲットに近づき、巧みな話術で信じ込ませたところでもっともらしい理由をつけて誘導するのだ。純粋な人間ならすぐに騙される。
義巳は、途中まで外していたワイシャツのボタンを煩わしげにいくつか閉じると、腕まくりをしながら部屋の隅に設けられた手洗い場に歩み寄り、手を洗う。その広い背中越しにため息まじりの笑い声が聞こえた。
「だが丁寧に扱えば扱うほど、僕の子供を産みたいと言いはじめる女性がいてね」
「この前言ってた、あなたに交際を申し込む物好きのこと?」
「まだ新婚らしいが」
「あらあら」
「もう別れたそうだ」
「やだ、よほどあなたを愛してしまったのねぇ。私なら願い下げだけど」
振り返った義巳は冷笑を浮かべ、紗恵の背後にある椅子状の内診台を指差した。乗れ、という指示だ。無論、下半身を晒せ、という意味も含まれている。
紗恵は息を呑んだ。この部屋に入ったときから気になっていたが、着替えなどのための仕切りカーテンは一切ない。ターゲットが妙な行動をしないよう、常に視界に入れておきたいのだろう。神経質な義巳の考えそうなことだ。
「なにをためらっている。僕がなにか余計なことをするとでも?」
その意地悪な質問には答えずに、紗恵はズボンとショーツを脱いで内診台に座った。目を閉じ、静かに息を吐く。近づいてくる足音に焦燥を煽られ、薄くまぶたを開けると目の前の椅子に義巳が腰かけた。
「心配するな。女性器は見慣れている」
率直な言葉は残酷だ。そして、その残酷さがかえって腹をくくらせた。