この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実
「アズっ」
感極まったような巽の声を、なけなしの理性を振り絞って拒む。
「だけど、ちゃんとしないと……駄目っ」
「……っ」
「今のままでは……駄目。二股は……嫌……っ、失礼で……いつか、巽だけに……いくために……ああああああっ」
呂律が回らないままな喉奥から声を迸らせたわたしは、巽にしがみつくようにして、ぶるぶると震えながら浮揚して弾け飛んだ。
巽の腕の中で、巽によって……偽りを纏うことなく達することが出来たのが、とても幸せだと恍惚感に浸りながら。
同時に、恋人がいるのに別の男によって押し上げられた……本来あってはならなかった快楽と、絶頂の後の現実への落下感に、刹那の幸せが終焉を告げているような不安を覚えて、巽にぎゅっと抱き付いた。
「アズ、アズ……ちゃんとする。だからお前も……ちゃんとしよう。それまでは……抱くのは我慢するから。だからアズ……」
身体が折れてしまいそうなほど強く抱きしめてくる巽が、貪るようなキスをしてくる。
ねっとりとした舌を絡ませながら、巽の手で果てたことが気恥ずかしいと思うわたしは、まだ甘い余韻が残る身体を持て余しながら、思う。
わたしも、巽との未来を夢見てもいいのだろうか。
怜二さんに対する罪悪感も、十年前に破壊した親への罪悪感もなにも考えず、本能のまま昔から求めてやまなかった巽を、手に入れたいと欲してもいいのだろうか。
ねぇ、神様。
巽と一歩を踏み出しても、いいのでしょうか。
口紅の完成を、わたしの長かった恋の成就になるようにと、願掛けをしてもいいのでしょうか。
――その時だった。
「杏咲……」
「巽くん……」
引き攣ったような、怜二さんと由奈さんの声がしたのは。
ああ、そういえば――。
キリスト教や仏教では、不貞を禁じているんだっけと、ぼんやり思った。
だとすれば、この先起こることは天罰に違いない。
俗世は、欲望の赴くままになんとかなるほど、甘くはない。
……それを思い知ったはずではなかったのか、十年前に。