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アムネシアは蜜愛に花開く
第6章 Ⅴ アムネシアは蜜愛に花開く
 ***

 月が変わった。

 溺恋の口紅はいよいよサンプルもあがってきて佳境に入り、色や成分、そしてスティックケースの装飾に至るまで拘り、本当に両想いかと疑うほど、毎日のように激論を交して妥協しなかった。

 目指すのは、ふたりの記憶から消えないアムネシア。
 巽が思い描いていたアムネシアは、脆弱なのに強靱という矛盾さを秘めた花であり、私は儚さの中にこそ瑞々しく息づく逆説の花のように思う。
 あまりに思い入れが強すぎて、意見の飛ばし合いが、どれだけ相手のことを好きなのかを力説しているように思えて、互いに照れてしまうこともあったくらいだ。

 可憐と危険という相反するものの狭間で揺れて妖しげに誘惑するような、朧な美妙さをどう表現し、つけたことでどんな変化をもたらすことが出来るかが課題で、巽は今まで市場に出た化粧品分析を、そしてわたしは香代子を始めとした元ルミナス社員に手伝って貰って、購買者心理の市場調査をとる。

 そして怜二さんが最後にもたらしてくれた発色についてのルミナス的アプローチと、こちらが独自にレポートを出したルミナス的なグロスと美容成分、そこから最大限でどこまでの微妙な色彩が発色可能かを割り出して、くすんだ色合いでも違う顔を持たせる別面の強調方法に頭を悩ます。予定していたパールでもいいのだが、出来上がりがあまりに上品で無難すぎて、インパクトがなかったのだ。

 元ルミナス組もこの難問に頭を捻ってくれて、ルミナスで最も意見が飛び交う宴会が催され、そこでわたしも巽も積極的に意見を飛ばした。そこに怜二さんがいないのは寂しいけれど、時間は無情にもひとに順応力を授けるようで、いない日常が次第に気にならなくなってくる。
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