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アムネシアは蜜愛に花開く
第2章 Ⅰ 突然の再会は婚約者連れで

 そして香代子は、ボブの茶色い髪を掻き上げるようにして言った。

「それでもやらなくちゃいけないわ、杏咲。ルミナスの底意地、見せてやらないと。私も応援する。私、またあんたと仕事したいのよ。だから精一杯頑張ろう。ルミナス魂、ここにあり!」
「うん……」

 巽はわたしを廃したいのかもしれない。
 吸収しようとした会社に、わたしが紛れ込んでいたから。
 だから、難癖つけて口紅開発を却下されてしまう可能性もある。

 でも――。

「わたし、頑張るわ」

 今のわたしは、彼の義姉ではない。
 昔義姉だったというだけの、赤の他人なのだ。
 部下としてのわたしの力を推し量ろうとしているだけなら、わたしも全力でそれに応えなければいけない。
 社会人を先に何年してこれだけしか出来ないのかと、彼に失望されないために。

 わたしを、ルミナスを、馬鹿にさせるな。
 わたしだって、年上の意地がある。
 
 その時、仮眠室の内線が鳴った。
 香代子がとると、由奈さんからのわたしへの招集電話だったらしい。

「広瀬氏、タツミィへの直談判に重役応接室にいるみたい。まあ、ラブラブな彼氏と由奈嬢が傍にいるから、タツミィが理不尽なことを言ってあんたを困らせてもなんとかしてくれるとは思うけれど。私も行って援護したいけど、ふたりに任せて、今はおとなしくあんたの帰りを待ってるから」
「うん。売られた喧嘩は買って、戦ってくる! 新人研修でクレーム対処、出来がいいと褒められた唯一の特技を生かす!」
「その調子! でもあんたは謝ってばかりの、粘り勝ちのクレーム対処だったけどね」
「それ、言わないでよ」
「あはははは」

――再来月、アムネシアは十周年を迎え、僕達の結婚式があります。

 つきん、と胸が痛むけれど、それはただの感傷だ。
 わたしは、広瀬怜二の恋人になることを自分で決めたのだから。

 惑わされない。

「行ってきます!」
「行っておいで」

 わたしは長い黒髪をバレッタでひとつに留めると、香代子に手を振り最上階の応接室を目指した。
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