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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

巽は、即座にクビにすると言ったアムネシア上層部の意見を押し止めてくれているのだから、そこは感謝して、お礼と今後ともよろしくの宴としてルミナス式の賑やかな接待をしようじゃないかと。
巽が苛立っても優しい彼女が宥めてくれるだろう。これはわたしの役目ではない。
なにやら上機嫌の巽を連れてタクシーでここまで来たのは、わたしだ。
別に騙してはいないのに、居酒屋の看板を見た時点で彼は、騙されたとでも言わんばかりの面持ちとなり、それでも彼の背を押すようにして中に入ると、えらく威勢のいい着物姿のお兄ちゃんが、「お客様入りました~、ちゃんちゃんこ~!」と、銅鑼を叩いた後に店名を妙なフシをつけて歌い出すと、さらに続けて他の店員が合唱する。巽の顔は、珍しいほど昔のような怯えた表情を浮かべた。
固まる巽を全力で後ろから押し、大きな和室の大部屋で、ルミナス社員にてんやわんやと出迎えられた瞬間、文句を言って踵を返して帰ろうとしたのを、わたしはラグビーのタックルの如く身体全体で巽を個室に押し込み、店員さんに全員ビールを注文する。
その間に、空席にしていたらしい由奈さんの隣に巽は渋々と座り、わたしが座ろうと最後に現われれば、皆が騒ぐようにして「嫁は旦那の横!」と怜二さんの横を口にするから、少し照れながら隣に座った。反対隣は香代子で、片手を上げられ、わたしもそれに返した。
「藤城さん、お疲れ様」
「課長もお疲れ様です」
日だまりのような怜二さんの微笑みに歓迎され、わたしはぺこりと頭を下げて頭を掻いてしまう。
……巽の向かいの席で。
冷ややかな視線に、なにかもやもやとしたものを感じた。

