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囚われる…
第8章 囚われる…
昼頃まで丁寧にカメラの手入れをしていると漁師の娘が浴衣を着て家に来た。
紺の下地に鮮やかな赤い花が咲いたようなデザインの少し派手目の浴衣…。
普段は地味な彼女にしては珍しく化粧まで施していて頑張ってます感が感じられる。
あれから、別に付き合っているという関係ではない。
それでも時々、彼女がやって来ては俺の為に飯の用意をしてくれる。
「今夜はお仕事なんですよね?これ、岡野さんが好きな煮付けだから…、冷蔵庫にでも入れておきますね。」
穏やかな笑顔を見せて俺の飯を冷蔵庫に入れてくれる女…。
多分、俺が付き合いたいと言えば彼女はイエスを答えてくれるのだろう。
だけど…。
「ありがとう…、今日はいつもよりも綺麗だけど、誰かとデート?」
そんなつまらない言葉しか言ってやれない。
「違います…。後で姉の子供達を花火大会に連れて行く約束をしたんです。」
寂しげな笑顔を彼女が見せる。
胸が痛くなる。
それは彼女への罪悪感ではなく、いつかどこかで感じた事があるデジャヴにだ。
記憶を辿るのは諦めたはずなのに、誰かと過ごすとデジャヴを感じてしまうから、ますます人付き合いが悪くなった。
「花火大会で会えるといいですね…。」
「あぁ…。」
彼女と結婚でもして穏やかな生活を送るのが、ばぁちゃんには一番安心をさせてやれるのだろうか?
直に30にもなる男がまともな仕事もせずにカメラを抱えてフラフラと町を歩くアルバイト生活をしているから、彼女に自分から付き合ってくれなんて言えない。
漁師にでもなるか?
そんなくだらない冗談に1人で笑ってしまった。
仏壇で俺に微笑みを見せるばぁちゃんの遺影に手を合わせて家を出た。