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乱火 ―本能寺燃ゆ―
第1章 乱火 ―本能寺燃ゆ―
 明けて翌六月二日早朝、乱は強い風の音で目が覚めた。ひゅるひゅると甲高く物悲しい音に不穏な様子を感じて胸が騒ぐ。起き上がって夜明け前の薄青い空を見上げれば、一見普段と何らと変わりない。だがいつもは日の出前からうるさく囀ずるはずの鳥たちの声が一切聞こえなかった。辺りは風鳴り以外何の音も聞こえない。何だか嫌な予感がした。

 乱は床を払い手早く身支度を済ませた。白い小袖を纏い髻を平元に結って髷を茶筅に整える。部屋を出たちょうどその時――。

 一発の銃声が静寂を破った。すぐに別の銃声が追い打ちをかけるかのように境内に谺した。甲冑の小札(こざね)が擦れる音と野太い鬨(とき)の声が段々と近づいてくる。ちらちらと見え隠れする旗印は水色の地に桔梗の紋。水色の桔梗紋を使うのは、織田家家臣の中には一人しかいない。

 明智惟任(これとう)日向守光秀。

 信長より先に毛利攻めに向かっていたはずの光秀の軍勢が、本能寺を取り囲んでいた。その数およそ一万。光秀は主君である織田信長に対し謀叛を起こしたのだった。

 一体、なぜ?
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