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乱火 ―本能寺燃ゆ―
第1章 乱火 ―本能寺燃ゆ―
 乱は枕元に置いていた太刀を掴み、信長の寝所へ注進に走った。光秀の目的は信長の首。小姓として主君の信長を守らなければならない。

「信長様!」

 信長も騒ぎに気づいたのだろう。すでに身支度を終えていた。

「このような時刻にこの騒ぎ。喧嘩とは思えずさては謀叛か。誰の謀叛ぞ」

 鋭い眼光に、自然と膝が屈す。乱は頭を垂れたままかしこまって答えた。

「惟任日向守の手勢にございます」

 信長は弓矢を手に立ち上がった。

「惟任とな。――是非に及ばず」

 信長の言葉に乱は内心首を傾げた。広い境内に信長を探し回る声と足音が響いているが、幸いまだこの建物には至っていない。この場で光秀に応戦するのか、はたまた本能寺から脱出し、すぐ近くの妙覚寺にいる信忠の元へ向かうのか。乱には主の言葉の意を図りかねた。

 その時、どこからともなく飛来した銃弾が信長の肘を掠め、袖が裂けた。

 光秀だ、と乱は思った。光秀は家臣の中でも一二を争う鉄砲の達人だった。
 そして光秀は周到な男だ。妙覚寺や二条御所よりも防御の手薄な本能寺に、わずかな共だけで滞在することを見越して、今日この日を選んだのだろう。

 光秀が本気ならば、本能寺から逃げることはできない。

 傷口から真っ赤な血が滴り落ちる。それほど深手ではないようだが、かなり出血していた。乱は裂けた袖を引きちぎり、信長の二の腕を縛った。

「女どもを逃がした後、寺に火を放て」
「はい」

 信長は残った片袖を翻し、弓を手にしたまま建物の奥に向かった。乱は女たちを裏口から外へと逃がし、篝火を手に寺のあちこちに火をつけて回る。方々の建物から一斉に火の手が上がり、折からの強風に乗って燃え広がって行く。激しく燃え盛る焔は、光秀の手勢の行く手を阻んだ。
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