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第13章 柊屋敷の嫁御様

「悪ぃ、ダメだ。耐えられねえ」
「へっ！？…耐えられない、の…？」
サクナにまた目を逸らされて、姫はまた固まりました。

「…綺麗過ぎて、まともに見れねぇ。動悸がする」
「ふぇえっ？」
「…あんた…馬鹿ですか…？！」
褒め言葉を一周回って拗らせた様な、この家の主の甚だしくメロメロかつ大人気ない言葉に、姫は一瞬ぽかんとして、侍女は呆れ果てました。

「私がドレス姿を先に見たのが不満だとかおっしゃっていた癖に、綺麗過ぎて見られないって、何の冗談ですか？」
「うっ…」
「宜しゅう御座います。そんなら見なくて結構です。…さ、脱ぎましょう、姫様」
バンシルが姫に着替えを促しているのを聞いて、サクナは慌てました。

「待て！待て、見る！見るから！見せてくれ！」
「最初からそうなさって下さい。馬鹿馬鹿しい」
バンシルは呆気に取られている姫を、サクナの方に押しやりました。

「…クッソ綺麗だ…」
姫を見たサクナは、溜め息を吐きました。
「触っても、良いか？」
「良いけど…」
サクナは姫に向かって手を伸ばし、薔薇色の頬に優しく触れて、大きく息を吐きました。
「…ああ、本物だな」
「へ？」
頬に触れていた手が背中に回り、姫は抱き寄せられました。

「触れるし、あったけぇ…夢じゃねえ」
「ふぇ？」
姫はそのまま、きゅっと抱き締められました。

「悪かった。この世の者とは思えねぇ程綺麗過ぎて、夢か幻かと思った」
「……え…そんなっ…」
スグリ姫はドレスの裾と同じくらい真っ赤になって、愛しい人をそっと抱き返しました。
二人の周りに朝とは思えぬ空気が漂い始めたのを見たバンシルは、溜息を吐いて目頭を揉むと、サクナにつかつかと近寄って背中をどつきました。

「…ぅおっ！おい、何なんだよ！」
「何なんだはこちらの台詞です。先刻から何なんですか。あんた、年幾つです？」
「うっ」
「今からそんなんで、当日はどうすんですか。もっとお綺麗になるんですよ？そのお綺麗になった姫様を連れて回って、お客様にご挨拶なさるんですよね？しっかりなさって下さらないと、あんたはともかく、姫様がお困りになります」
「…済まねぇ…」
「それに、御披露目のドレスでこんな風になるんなら、婚礼の時はどうなるのやら…本当に、先が思いやられますね」
「…面目無ぇ…」
バンシルの言葉は、以前家令のクロウがサクナに言った事を思い出させました。