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柊屋敷の嫁御様(くすくす姫後日談・その5)
第13章 柊屋敷の嫁御様
姫もサクナも表情も変えず、お互いを見ることすらしませんでしたが、相手が隣に居る事の有り難さと確かさを、それぞれの心の中で噛み締めました。
(『外から嫁を取るならば、もっと他にふさわしい先がありましょう』)
(『貴女様は、それでも彼に嫁ぐことができますか?』)
(それでも俺は、こいつが欲しい)
(それでも私は、この人と居たい)
領主を前にした二人は、それぞれ自分が決めて越えて選んで来た事を思い出し、どちらともなく絡めた指をきゅっと強く繋ぎ直しました。
「…公式の挨拶は、以上だ」
二人を見詰めていた領主は、ふっと息を吐くと、破顔しました。
「サクナ。先代が連れてきた時から今まで、幾度も試されては跳ね退けて、よく此処までになった。先代亡き後、先行きを不安がる者も居たが、立派に一人前の当主の顔になった。敬服する」
「領主様…」
サクナは領主の言葉に、驚きました。
領主は長老会議の主宰と言っても良い立場です。先代の時から、個人の意志よりも家の利益、ひいては公の利益を何より優先して来た家の代表です。
領主が仲介者としてこの家にサクナを連れて来た時から今まで、情の有る言葉を掛けられた記憶は、ほとんど有りません。
先代の古くからの友人と聞いて居ましたが、サクナの目から見た二人は、友人と言うよりは同じ目的を全く違う立場から目指す好敵手の様で、仲が良い印象は有りませんでした。
領主はサクナの驚きを余所に、一人語りの様に話し続けました。
「君はまだ年端も行かぬ頃に、ここに迎え入れられた。その理由は君の身寄りが亡くなった事もあるが、何よりも、君に後継者としての才が有ったからだ。だが、それは私達が勝手に判断した事だ。君にとっては、ここを継ぐことは本意では無かったかもしれない。君の意志は、黙殺した。済まなかった」
「…俺は」
サクナは領主の一人語りに、語り返し始めました。
「ここで最初に教わったのは、どれが旨いか、どう扱ったら一番良い状態を損なわないか、どうしたらもっと旨くなるか、そんな事でした。果物の事なら何を言われようが、答え合わせでしか有りませんでした。俺にとっては、見れば分かる事ばかりだったからです。それがただ言葉になっただけでした。比べる奴が居なかったので、それが普通だと思っていました。先代に会ってからは、尚更です。先代は、俺より少しだけ先を知っている。それだけでした」
(『外から嫁を取るならば、もっと他にふさわしい先がありましょう』)
(『貴女様は、それでも彼に嫁ぐことができますか?』)
(それでも俺は、こいつが欲しい)
(それでも私は、この人と居たい)
領主を前にした二人は、それぞれ自分が決めて越えて選んで来た事を思い出し、どちらともなく絡めた指をきゅっと強く繋ぎ直しました。
「…公式の挨拶は、以上だ」
二人を見詰めていた領主は、ふっと息を吐くと、破顔しました。
「サクナ。先代が連れてきた時から今まで、幾度も試されては跳ね退けて、よく此処までになった。先代亡き後、先行きを不安がる者も居たが、立派に一人前の当主の顔になった。敬服する」
「領主様…」
サクナは領主の言葉に、驚きました。
領主は長老会議の主宰と言っても良い立場です。先代の時から、個人の意志よりも家の利益、ひいては公の利益を何より優先して来た家の代表です。
領主が仲介者としてこの家にサクナを連れて来た時から今まで、情の有る言葉を掛けられた記憶は、ほとんど有りません。
先代の古くからの友人と聞いて居ましたが、サクナの目から見た二人は、友人と言うよりは同じ目的を全く違う立場から目指す好敵手の様で、仲が良い印象は有りませんでした。
領主はサクナの驚きを余所に、一人語りの様に話し続けました。
「君はまだ年端も行かぬ頃に、ここに迎え入れられた。その理由は君の身寄りが亡くなった事もあるが、何よりも、君に後継者としての才が有ったからだ。だが、それは私達が勝手に判断した事だ。君にとっては、ここを継ぐことは本意では無かったかもしれない。君の意志は、黙殺した。済まなかった」
「…俺は」
サクナは領主の一人語りに、語り返し始めました。
「ここで最初に教わったのは、どれが旨いか、どう扱ったら一番良い状態を損なわないか、どうしたらもっと旨くなるか、そんな事でした。果物の事なら何を言われようが、答え合わせでしか有りませんでした。俺にとっては、見れば分かる事ばかりだったからです。それがただ言葉になっただけでした。比べる奴が居なかったので、それが普通だと思っていました。先代に会ってからは、尚更です。先代は、俺より少しだけ先を知っている。それだけでした」