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柊屋敷の嫁御様(くすくす姫後日談・その5)
第13章 柊屋敷の嫁御様


この、少し前。
お手洗いから出て来た廊下で、スグリ姫はふうっと息を吐きました。

ご婦人方の席で、姫はお喋りと少しのお酒を楽しみました。少し、というのは、姫の主観です。少しだった割には話した内容が思い出せない部分も有りましたが、姫は気にしていませんでした。

(…お酒のこと、色々聞かれちゃったっ…くふふふふっ…)
思い出せない部分ではなく思い出せる事を思い出した姫は、くすぐったそうに身を捩りました。
自分が勧めたサクナの酒を奥様方が特別気に入ったらしい事は、姫には殊の外嬉しい事でした。妻としての自信が湧く気がしたのです。

(踊りも、踊れたし…うふふ…)
今日の出来事をふわふわと思い出せば、余興の事も思い出されます。体中がむずむず熱くなって来た姫は、真っ赤になっていそうな頬に、冷えた両手を当てました。

(早く、おうちに帰りたいなー)
姫は、すっかり里心が付いていました。
里心と言っても、帰りたい先は都の城では有りません。屋敷にサクナが設えてくれた自分の部屋を恋しく思っている事に一人で照れて、姫はまた小さく笑いました。
(それに、今日は…)
今日は姫の部屋ではなくて、初めてサクナの部屋に帰れるのです。
「うふー…楽しみ過ぎて、待ち切れないっ…」

「スグリ様?」
「はい?…あ」
独り言を呟いていた姫は、声を掛けられて振り向きました。
「お一人で、どうなさったのですか?」
「あ…あの、ちょっと…お手洗いに」
「そうでしたか。宜しかったら、ご一緒に戻りましょう」
「ええ…そうですわね」
姫は、今日の主役です。主役があまり長く席を外すのも、不都合が有るかもしれません。言われた通りご一緒に、広間に戻ることにしました。

「あら…?」
(こっちだっけ?…なんだか、違う様な…)
歩いて来た廊下は、角の所で床の色が変わっておりました。来る時にそこを通った記憶は有りません。

「さ、参りましょう」
「あ、待…」
姫は急に手を引かれ、廊下の角を曲がりました。
(…なんか、寒い…?)
曲がった瞬間、空気が一変した様に感じられました。ぴんと張った糸の様な、人を寄せ付けない様な、張り詰めた雰囲気が漂っているのです。

「どうなさいました?」
「あの…広間って、こちらでしたっけ?…それに、ここ、何か…」
落ち着かなげに姫が告げると、この場の緊張に不似合いな程、明るい声が聞こえてきました。
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