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柊屋敷の嫁御様(くすくす姫後日談・その5)
第13章 柊屋敷の嫁御様
「若奥様っ!?」
姫は驚いて、壁を背にして床に座り込んだ若奥様に駆け寄りました。
軽く肩を叩いてみましたが、壁にもたれたまま、ぐったりとしています。
「若奥様?!若奥様っ!!どうなさいました?大丈夫ですか…………っ!?」
若奥様を揺すっていた姫の薄茶の髪が、突然ぱさりと一房、床に落ちました。
いつの間にか若奥様の手には、銀の鋏が握られておりました。
「な…ん」
「…あら?…切り損じてしまったわ…」
若奥様の喉の奥から、残念そうな呟きが聞こえて来ました。
「わか、おくさまっ…ど…して」
「大丈夫よ…今度は、ちゃんと出来るわ…」
微笑んでいる若奥様の目は、スグリ姫に向けられていましたが、姫に焦点が合ってはいない様でした。姫を透かして他の何かを見ている様に、遠くをぼんやり見ています。
さっきから姫が話しかけても、若奥様は返事を返してくれておりません。姫を見ていないのですから、姫の言葉も聞こえていないのかもしれません。その事に気付いて姫は、ぞっとして体が震え出しました。
「やっ…め…」
体も口も強張って上手く動いてくれないというのに、姫の目だけは何故かきちんと役目を果たしておりました。
姫に向けられている銀の鋏には、花を銜えた鳥を模した、美しい意匠が施してありました。
刺繍に使うやや大振りの糸切り鋏位の大きさで、裁ち鋏の様に大きいものでは有りません。
けれど大きな鋏でなくとも、人に向ければ向けた相手を容易く傷付ける事が出来そうでした。
そう思った所で、鋏は涙と震えでぼやけて、よく見えなくなりました。
「…次は、どこに鋏を入れようかしら…?」
「や、だ」
若奥様は、まるでこれから縫うものを裁つかの様に、微笑みを浮かべておりました。
「切って、いい?」
「…ゃっ…!」
姫は大きな声を出せずにただ首を振りましたが、若奥様は止まりません。
(サクナっ…!)
動くことも出来ない姫は、うずくまって固く目を閉じました。
「……ぅ…?」
床の上で握り締めていた姫の手の甲に何かが温かい物が触れた感触がして、姫は薄目を開けました。
恐る恐る開いた目に入ったのは、白い肌の上に鮮やかに伝う、赤く生温い滴でした。
「…これは、何の真似ですか…?」
姫の耳に、姫でも若奥様でもない気配を纏った、低い声が聞こえました。