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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
 

その日の夕方遅く、哲夫は、新築物件の打ち合わせで西宮まで出た帰り、真紀へ電話した。
地元の名物だと相手先の工務店から戴いたロールケーキを届ける―――。
というのは嘘で、実はわざわざ夙川(しゅくがわ)界隈の有名店へ出向き、行列に並んで手に入れたのである。

明日は土曜日で、真紀は事務所へ出てこない。
朝に話しそびれた件が気にかかったまま、それを休み明けまで持ち越す気になれず、ロールケーキを口実に真紀を呼び出して、姉の越権行為を詫びるつもりだった。

真紀の住まいに近いコンビニの駐車場から到着を知らせると、一分とたたない間に真紀の姿が見えた。
若干の緊張とともに、(来てくれたか)という安心感がわく。
薄暗いハイツの足元ではなく近くのコンビニで待ったのは、純粋な謝罪の意思を別の何かと誤解されたくなかったからである。

コツンと窓を叩いた真紀に、助手席へ座るよう促した。

『ごめんやで、遅い時間に』

箱詰めのロールケーキを受け取ると、真紀は嬉しそうに微笑んだ。
哲夫には真紀がなんとなく心を弾ませているように見えた。

『すみません。わざわざ』

『エエねん、エエねん。僕、甘いもん苦手やし。
 事務所の冷蔵庫に入れてても、明日休みやろ。
 これ、生モンやし、今日中に食べて』

『遠慮なく、頂きます』

哲夫はうんうんと頷きつつ、(さぁ、どない話そか……)と、窓外へ視線を泳がせた。
真紀の矜持に傷をつけてはならない。
あらためてそう思いなおしてから切り出した。


 
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