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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
『散らかってますけど』
迎えの言葉が謙遜だとすぐにわかるくらい、部屋の中は整然としていた。
『きれいにしてはるんやね』
哲夫は感心しつつも、失礼にあたらぬ程度に目線を振って、多少ぎこちなくダイニングチェアへ腰を落ち着けた。
手持ち無沙汰にテーブルを撫でたり上着の裾を引っ張ったりしながら、見るともなく室内に視線をめぐらせる。
蛍光灯がまぶしいくらいに明るく照らすダイニングキッチンに、冷蔵庫と食器棚が並んで据えてあり、小型の液晶テレビが台の上に置いてあった。そのどれもが新しそうで埃ひとつかぶっていない。
共用廊下へ面したキッチンの窓際には、プラスチックケースの中で水に浸かった豆苗の根から新しい芽が伸びている。
数枚の枯れ葉が飾られた小さな額縁もセンスがいい。
哲夫は仕事柄、他人の家に入ることが多いが、どの部屋も物にあふれて見苦しく、整理の行き届いていない家庭がほとんどで、なかには盗賊の攻撃を受けたみたいに荒れすさんでいる家もあった。
それに比べて真紀の住まいは、豪華な調度品があるわけでもないのにどこか落ちつきがあって、あるべきものがあるべき場所に収まり、モデルルームのように折り目正しく片づいていた。
日常の掃除が隅々にまで及んでいるらしく、女のひとり暮らしにありがちな芳香剤の匂いも不快臭もない。普段の仕事ぶりから受ける印象どおりの佇まいである。
ただ、本人以外に散らかす家族のない生活であるからか、独特の清潔感が住まいの雰囲気をいやに寂しく感じさせた。