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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
 

『あんた、いつまでものんきやな。
 もう、そないに悠長なこと言うてられへんの違(ちゃ)うの?』

と、無遠慮な視線を哲夫の頭へ突き刺さして、京子が言う。

『これなァ』

年々細くなる頭髪を撫でて、哲夫は自分の齢を想う。秋には四十五になる。

『死ぬまで独りでおるつもりかいな』

ため息混じりに言ったあと、京子はへの字に口をむすんだ。
姉らしい気づかわしさは、弟のことだけを憂慮した単なる老婆心ではない。
長男家に嫁いだ京子には私立高校に通う二人の子供がおり、来年から二年続きの大学受験を控えて気苦労が多い。
それだけならまだしも、ひと頃から痴呆の兆候が見えはじめた姑は、子供以上に世話がかかる。
いずれは誰かの厄介にならねば生きていけないことを、身をもって味わっている京子にとって、妻に先立たれ、子もない実の弟の先行きは鬼胎(きたい)のひとつだ。

『てっちゃん、あんたひょっとして、ええ人おるん?』

哲夫が首を横に振ると、京子は座卓へ身を乗り出した。

『あのな、てっちゃん。よう聞き。
 ものには、なんでも旬いうのがあるねん。
 それ過ぎたら値打ちが無(の)うなんの。
 廃(すた)ったもんには誰も手ェださんやろ。
 人間も一緒や。
 あんた、ぼちぼち毛も薄なってきて、
 頭に割引きシール貼っとるようなもんやないの。
 あんまり禿げが過ぎたら、いくら殊勝な女でも腰がひけるんやで』

『禿げが過ぎるて、なんちゅう言いぐさや。
 毛が細いだけで、まだ禿げてはおらんやろ?』

姉のむきつけな諌めようをおかしがって、哲夫がおどけ気味に頭頂部を見せると、真偽を確かめるように覗きこんだ京子は、

『なんとまぁ、お痛ましい。
 こんなん、アッちゅう間や。
 いやいや、こら、あかんよ』

と、身震いしながら顔をゆがめた。



 
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