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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
『私ね、嬉しかったんです。
さっき社長から電話もろて、ここへ来はるて聞いたとき、
あ、とうとう前向きな話してくれはるんかなぁ思て。
でも、そうやなかったんで、ホッとしたやら悲しいやら。
今、やっと落ち着いてきましたけど……。
あ、これは京子さんに言われてたからと違いますよ。
さっきは、ほんまに嬉しい気持ちが湧いて出たんです』
思いもしない言葉を耳にした瞬間、哲夫は表情を失った。
あなたとの再婚を望んでいたのだと、真紀は言ったことになる。
(え……なんや、どういうこっちゃねん……)
勘違いしてはいまいかと言葉の意味をひとつずつ反芻(はんすう)して、多少のけぞり気味にあごをひくと、視線を上げた真紀と目があった。
とっさに思いついた言葉がうわずった声に変わる。
『ま、またまた、
そんなん言われたら、こっちも本気にするがな。
僕と一緒になってもエエと聞こえるで』
真紀は静かにうなずいた。
気楽だった空気が洗い流されて、再びの沈黙が二人のあいだにわだかまる。
何か口にすれば、見苦しい言葉になってしまいそうだった。
かといって笑い飛ばすには、とうにタイミングを逃している。
哲夫の口は、いよいよ重くなる。
どうしたものかと思推するうち、この状況を唐突に感じているのが自分だけだったことを、今さらながら思い出した。
真紀が姉に再婚を持ちかけられたのは一年も前である。
すでに困惑の時を過ぎて、再婚について熟考していたとしてもおかしくはない。
それでもし今日、期待を寄せて待っていたのだとしたら、やっと聞けるものと思っていた言葉を聞けずに座っている真紀の胸中は、察するに余りある。