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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
哲夫は、絶ちがたい感情を吐きつくすように深い溜息をついた。
『僕な、いっぺん首吊ったことあってな。
それ失敗して腰から落ちたとき思たんや。
自分が死ぬときは、
死んだ嫁とおんなじ病気で死にたい、て。
あいつが味おうた苦しみや、
だんだんに命が尽きて無くなっていく心細さや、
僕もそんなん全部、身をもって味おうてから、
向こうへ行かなあかんな、て……』
さりげなく言うつもりが、言葉につまる。
『なんでやろ。こんなこと言うつもりやなかったんやけどな』
誰にも話したことのない心情をさらけ出してしまうと、まぶたが痛んだ。
それを誤魔化すのに哲夫はむりやり笑ったが、真紀はつらそうにうつむいた。
『ごめんなさい。
私、なんにも解ってませんでした』
『高田さんが謝ることやない。
僕が不甲斐ないだけや。
忘れてしまわなあかんのやろな。
そやないと、前にも後にも進まんもんなァ』
自分の言った言葉がスッと胆(はら)に落ちた。
進むとは、生きる、と同義なのだと。
人生の時間はとどまることなく進んでいくのに、まるで写真に焼きつけられたようにそこから動こうとしない自分が、妻との数え切れない思い出のひとつひとつに写りこんでいるのが見えた。