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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
 


『奥さんとの大事な思い出やのに……
 忘れてしもていいんですか?』

『……うん』

哲夫は、胸を突かれる思いでそう答えた。
これから先を生きていくには、追憶のゆりかごから這い出さねばならない。
人生の途中で愛する者をもぎ取られたからといって、死を許されたことにはならないのだから。
ともすれば後を追ってきかねない、そんな夫の性分を知り尽くしていた妻は、だからこそ、あのように書き残してくれた。

―――いい人ができたら、あたしのぶんもシアワセになって。

それは真紀だと、哲夫は自分自身に白状した。
妻の最後の言葉にかなう相手が真紀をおいて他にないことぐらい、姉に言われずとも早くからわかっていた。
わかっていて、それに気づかぬふりを続け、自分を偽ってきただけだった。

真紀が初めて事務所へ来たとき、愛してしまうことを予感した。
彼女にしか持ちえない魅力を見いだすのも、その魅力に惹かれてしまうことにも時間はかからなかった。
だが、死んだ妻と真紀とを同格に据えることには、別の自分が異議をさしはさんだ。

真紀との「シアワセ」を空想しなかったといえば嘘になる。
だが空想すれば必ず、病に苦しみながら死んでいった妻への罪悪感と、何もできずに死なせてしまった無力感が、見えぬ刃となって己の心を切り刻んだ。

だから、なかったことにした。
いつの頃か、新しい思い出を放棄して、まるで罪をあがなうかのように、本人ですら掘り起こせない意識の奥深くへ「シアワセ」を塗り込めて蓋をした。
そうして、体じゅうのあちこちに妻が残してくれた、記憶という名の宝石を愛でてきた。



 
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