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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
それから―――
二人は初夜を迎えた許婚同士みたいに、ぎこちなく抱擁に応えあった。
ついさっきまで二人の間には、性的な関係どころかその意識すらなかったのにもかかわらず。
確たる愛情のもとにそうしたのでもなければ、しばらくぶりの肉欲を充たすためだけでもなく、情事と断じるには二人ともに真摯だった。
いうならば、これからの自分たちの関係について、お互いの展望が一致したのかどうかを確認しあう、男と女の作業といったところだろう。
口づけを交わし、ためらいがちに舌を絡めあうと、哲夫は十年ぶりの男になった。
哲夫の手を引いて真紀が奥の部屋の扉を開けた。叱られた子供のような、よるべない表情で立つ真紀の後ろにはシングルベッドがあった。
覚えのあるものをなぞるように、体じゅうをまさぐりあいながらキスを続け、ひとことも口をきかずに脱がせあった。
アクアブルーの奥に隠されていた白い胸の、その豊かさに哲夫がしばし驚き、真紀は自分の体が哲夫を歓喜させていることに安堵して、身も心も哲夫に明け渡した。
若い頃のような自信などなかったが、哲夫の舌に乳首をあやされて出たきた自分の声を聞いて、若い頃よりずっと艶やかになっているはずの、身の内に棲息する女を信じた。
組み敷いて、かき抱かれて、興奮に踊りあがる。
軋む女に男は猛り、息荒くして懸命にしがみつく。
女にしか持ち得ない白く柔らかな肉がまといついた骨細の体は、性の洞窟にともる欲情の篝火(かがりび)に妖しく照らしだされて陰影を濃くし、いっそう哲夫の視線を注がせた。
シーツも枕も、脱ぎ散らかした下着も色を失って空白化し、喘ぐたび、なまめかしく動く真紀の細い喉と胸元だけが、鮮烈な輪郭をもって彼の目に見えていた。