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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
 

薄紙が剥がれるように徐々につつしみを脱いでいく真紀を、最後はヘトヘトにさせるまで抱いてやる―――。
責任感ともいえる、そんな己の血の滾(たぎ)りを感じながら、哲夫は、もはや真紀を抱くことのみが、自分をこの世に留め置く唯一の理由であるような気がしていた。

生身の交わりは技巧の巧拙にかかわりなく、「自分のしたいこと」を、「相手にしてやりたいこと」に変える。
想像力を駆使し、知りうる限りのやりかたで、欲しがる相手に与えることが愛情なのだと、そう思わずにはおれない不思議な陶酔が性の行為にはある。
哲夫は美里にしたのと同じことをし、真紀は前の夫に晒したありさまへと崩れたが、たとえ相手の肉体にかつてのパートナーが映ったとしても、嫉妬は心の奥へしまいこんだ。
相手の要望を汲みとり、欲しいものを与えあうために全力を尽くそうとすれば、誰しも同じ要領になってしまうことを二人とも知っているからだった。

哲夫と真紀が強く密着するたび、二人の間からは水の跳ねる音がした。
火照りきって扱いやすくなった真紀の肉体は、哲夫の脳裏に美里の幻影をせめがせ、ときおり彼を追憶にさまよわせた。
だが、真紀の精妙な力加減が、あらぬ方向にいきかける哲夫の心を抱きとめ、快楽の世界に酩酊させた。

真紀は聖女ではなく、哲夫も聖女を求めてはいなかった。
過去に情熱を使い果たした男に、再び情熱の火をつけることのできる女は、その火を燃え上がらせる焚きつけ方も心得ていた。
姿形以外のそうした振る舞いは、彼女をさらに魅力的な女に仕立てあげた。
それは真紀の素質だけではない、何者かの手によって磨かれたものでもあったが、狂おしいまでに淫靡でありながら下品な点がまったく見当たらないのは、彼女の拭いきれぬ清潔感の冥利(みょうり)であった。



 
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