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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
哲夫の思いを補足するように 真紀は一抹の落胆を表情にさし覗かせた。
『ときどき社長は、ぼんやりしてはるときがありました。
仕事のことなんか、プライベートなんか
それはわかりませんでしたけど。
そういう日は仕事の指示が曖昧で、
ご自分のミスもちょいちょいありはって。
忙しいのんわかってますし、仕方ないんですけど、
それでも、車で出かけはるときだけは心配でした。
ぼーっと事故でもしはれへんやろか、て。
かというて用事もないのにこっちから連絡して
仕事の邪魔なってもあきませんし、
事務所の電話が鳴るたんびに肝ひやしてました。
事務所へ帰ってきはらへん日は、
次の朝、お顔見るまで安心できませんでした』
気取ったところのない、しみじみとした風情に、哲夫は真紀の純心を見たような気がした。
いつもどこからか自分に心を向けていてくれた。その思いが哲夫を幸福感で満たしていった。
『心配させてたんやなぁ。恥ずかしい話や』
『実は私、中学生のとき交通事故で弟を亡くしてるんです。
友達の家へ遊びにいった帰り、車に撥ねられたんです』
『え……!?』
真紀はこともなげに言ったが、哲夫は怖い話でも聞くようにかしこまった。