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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
『真紀ちゃん、どない思う?』
質問する姉の表情には、さっきと打って変わった、いかにももったいぶるような笑みがはらんでいる。
『高田さんか?』
『そや』
『どないて。ようやってくれてるよ。
何の問題もないで』
真紀、と姉の口から出たとき、哲夫の胸底が一瞬揺らいだ。
高田真紀は、京子のOL時代の後輩で、哲夫の事務所で働いている。
五年前、離婚して頼って来た真紀を、事務社員に雇えないかと京子が連れてきた。
美里が死んでから経理業務に手を焼いていた哲夫には好都合だった。
『真紀ちゃんとは、まだなんも無いんか、て聞いてんねん』
『なんもて、なにがや?』
質問の意味が理解できず、哲夫は質問で返した。
無頓着な弟の態度に、京子は不服そうなため息をついてから、
『なにがやあらへん。男女のことやないの。
どこまで言わすんよ』
と、いらだち混じりに問い直す。
『そんなもん、あるわけないがな』
『はぁ? あの子もあの子やけど、あんたもやっぱり鈍感やわ』
京子は悩ましげに肩を落とすと、とうとう私の口から言わねばなるまいか、というふうに座りなおした。